ゆめゆめ忘れる事勿れ 第12話

雑兵に取り囲まれ、戦うことをあきらめたとき小鷹の前に現れたのは九郎だった。
助太刀の例に九郎が小鷹に求めたのは、大月の本陣に小鷹が戻るまでの間稽古をつけてくれということだった。
不思議な九郎という男に疑問を感じつつ、小鷹はそれを受け入れる。二人の新たな旅が始まる第12話。

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第四章 忘れるものか

二人は大月に向かって、戦場を後にした。
日が落ちるまで行ける限りの街道を歩き続け、適当な野原で野営する。
野営と言えば聞こえはいいが、要は野宿だ。

枝を集め、穴を掘って、小鷹の持っていた火種で焚火をする。
小鷹は甲冑を脱ぎ、元々帯刀していたものと戦場で拾ったもの、二振りを腰に挿しなおした。

「刀。一本捨ててたけどまた拾ったのか」

「ああ。この刀があればいいとも思ったが、やはりなにかと不安だからな」

小鷹は帯刀していた青い柄の刀を叩いて言った。

「良い刀だな」

「中々の業物だぞ。初陣で首を取った褒美だった」

少しだけ胸を張った小鷹が刀をするりと抜いた。
現れた刃は燐光を放っているかのように光を称えている。
滑らかに波打った模様と相まってまるで川が流れているかのように見えた。

「きれいだな」

九郎には刀の良し悪しが分からない。丈夫でとにかく斬れればいい。
それでも綺麗なことだけは分かった。

「だろう。俺の唯一の自慢だ」

「銘は?」

「行船」

「ゆきふね? 妙な名前だな」

「その斬れ味、流れもたまらぬ」

「ははあ、なるほどねえ」

そんな会話を交わしつつ、干し飯と梅干し、味噌を食べ、簡単な夕食とする。
やがて薄雲を纏った月が辺りを柔らかな光で照らし始めたころ、二人は刀を持って向かい合っていた。

「そこの薪を投げる。好きにやってみろ」

「わかった」

九郎は刀の柄に手を当てた。
焚火の炎に照らされた九郎の唇が微かに引きつっている。緊張しているのだ。
小鷹は、集めてあった薪を無造作に放る。

「ふっ」

薪は九郎の間合いに入った瞬間、抜き打ちに斬られた。

「ふむ」

その剣は速い。もしかすると小鷹よりも。
小鷹は川上家の中でも指折りの剣術の腕の持ち主だ。
幼少の頃より刀槍、馬術を厳しく仕込まれ、元服と同時に従軍した戦では初陣で首を取っている。
その小鷹に匹敵する速さを持つこの男がなぜ、強くなりたいのか。

ますます小鷹はこの男に興味を持った。

今度は3つ連続放り投げてみた。最後の一つは間合いから外してやる。
一つは袈裟に斬られ、一つは返す刀で斬り上げられ、間合いから外れた最後の薪も一足飛びに飛んだ九郎によって斬り落とされた。

「どうかな」

振り返った九郎が言った。

「悪くない。だがもう一度だ」

再び薪を3つ放つ。左へ、右へ、上へ。

九郎は円を描く様な滑らかな動きで、3つとも叩き斬った。
最後の薪を斬り終えた瞬間、その背に向かって小鷹が銀の閃光を投げつけた。
九郎はくすっと微笑んだ。

小鷹の放った鎧どおしは、振り返りざまに放った斬撃によって弾かれていた。
がしかし、九郎の目の前にもう一つ薪が現れた。

「ぎゃん!」

顔面に薪を喰らった九郎がひっくり返った。

「すまん、まさか顔面に食らうとは思わなかった」

小鷹は鎧どおしを投げた一瞬後、薪を同直線状に放っていたのだ。
苦笑しながら、手を貸してやる。
九郎の鼻が真っ赤になっていた。鼻血はかろうじて出ていない。

「いっでえ、くそ、これ以上鼻が低くなったらどうすんだ」

「元から低い、諦めろ。しかし、いや、よくやっていた。見事な動きだと思う。速さも素晴らしい。だが」

小鷹は最後に投げた薪3本のうち2本を拾い上げ、九郎に渡す。
両方とも斜めに傷がついているものの、両断されていない。

「あれ、斬れてない。力が足りないんかな。素振り増やさねえとか」

「それもあるかもしれんが、速く動こうとして次の行動に気を取られすぎている。だから斬撃が雑だし、終わった瞬間に油断するんだ」

「そうなのか……適当にやってたからわかんなかった」

小鷹は唸る九郎を見ているうちに、なぜ自らがこの会って間もない男に好意を抱いているかが分かった。
夢中なのだ。理由は分からないが強くなることに。そしてそれはおそらく九郎の意思だ。
そんな九郎がひどく羨ましかった。

「もっと強く踏み込め、最初の一撃で全てを終わらせる気で行け。二の剣があると思うな」

「……」

同時に、何かしてやりたいと不思議なほどに強く思う。
まるで昔からそう決まっていたように。

「もう一回やってみるか?」

跳ね飛ばされた鎧どおしを懐に納めながら、考え込み始めた九郎に聞いてやる。

「やる!」

やがて月がその羽衣のような薄雲を脱ぎ、天高く駆け上るまで二人の稽古は続いた。

「疲れたあ。もう無理、動けない」

九郎はぜいぜいと息を切らしながら大の字で寝ころんでいた。
草がちくちくと背中を刺すが今はそれも気にならない。
夜風が火照る体に心地よかった。
息を大きく吸えば、焚火の燃える粉っぽい匂いと草の濃い香り、そして夜の沈んだ空気が肺を満たした。

「体力はないのだな」

大分切り刻まれた薪を焚火に放り込みながら、小鷹が笑った。
手入れでもするのか、その膝に刀『船行』がのせてある。

「あー……うん、返す言葉もないな。これでも色んな仕事してたから自信あったんだけどよ。駕籠かきやら飛脚やら」

「そんなこともしていたのか」

「旅してっと金が要るからな。道中見つけたガラクタも売ったりしてさ」

「ガラクタ、とは」

「茶碗やらなんやら。こんなんもな」

九郎は寝ころんだまま懐から手ぬぐいに包まれたものを出すと小鷹に放った。
拾い上げて見れば中から陶器の鈴が転がり出る。

「それはこの前、武家さんの奥方を護衛したお礼の一つさ。俺の大事な収入源」

「ふうむ」

しげしげと眺める小鷹をよそに九郎がばたばたと足を上げた。

「あー! もっと走んなきゃな……」

小鷹は鈴を丁寧に手ぬぐいに包み直し、九郎の胸に置いた。

「水練も良い」

「泳ぎかあ。良いな。そういや随分と泳いでないな小菅川。すんごく冷たいんだ」

「故郷か」

「ああ。俺の村、綺麗な川が流れてんだ。小菅村ってんだけどまたこれが山奥の奥でさ。小さくて、なんもない村だけど、いい村だよ。米はあんまできないけど魚も芋も野菜も美味いし、暖かい奴らばっかりだしな」

九郎の瞳に焚火の炎が映る。

「……久々に小菅村のこと考えた。遠く離れてても案外忘れてないもんだな」

「故郷なのだろう。お前を作った場所だ。今は離れていても、心は忘れていないのだろう」

「だといいな。忘れたくねえこと沢山ある」

拾ってくれた爺ちゃん、幼馴染たち、優しくしてくれた近所のみんな。
泳いた川、白く凍る滝を見たこと、お神楽を舞ったこと。

ぱちん。
火の粉がまた一つ紺青の空へと飛んでいく。

その橙が、燃える村に重なった。
鉄臭い血の臭い、炎、絶叫、爆発音。
奴の白い顔。
大きな体が地に沈む瞬間。

目をつむれば、いつだって全てが鮮やかに蘇る。
大丈夫だ。忘れるもんか。俺は大丈夫だ。
二人の間に沈黙が落ちる。
眠る間際のまどろみにも似た、暖かな静けさだった。

「小鷹ぁ」

だるそうに起き上がった九郎が小鷹を呼んだ。

「なんで諦めたの」

「何をだ」

ちらりと九郎の方を見れば、思いのほか九郎は硬い表情していた。
何が聞きたいのか、本当は分かっている。
だが人に言うようなことでもない。

「昼間。囲まれた時。また間に合わないかと思って本気で焦った」

僅かに声が掠れている。なにか、小鷹の知らない感情がこもっている気がした。
本能的に悟った。
本気で聞かれていると。

溜息をついて、大きな体を少しだけ丸めながら小鷹は語った。
一揆の事を。斬った子が笑った事を。老人の言葉を。
意思を持たないものを馬鹿にしていたことを。

「だが、気づいた。俺も同じだと。生まれたときから御家のために働けよ、武勲を立てよと言われて生きてきた。結局のところ、俺にも己の意思が無いのだ。言われるままの事しかできない。そんなのは正しい生き方とは言えないだろう」

小鷹は小さく息を吸った。

「だが」

九郎は腕を組みながら、じっと小鷹を見つめている。
風で煽られた炎が、ちらちらとその顔を照らしている。

「俺は恐ろしい。自分の意思で物事を決めるのが。己が正しいかなど何故わかる? もし、それが間違っていたらどう責任を取ればいい?」

一度零れたら、口から言葉がとめどなく溢れ出す。
なにせずっと胸の内でじくじくと膿のようにたまり続けていたのだ。

「なぜ俺はあの子を、一揆門徒を殺さなければならなかった? 子供を殺すのは間違っているだろう? だが、家中の者たちは皆正しいという」

小鷹はすがるように膝の上の刀を握りしめた。

「いくら武勲を褒められようと。強いと称えられようと。そんなものは意味がない。今までの俺は、なんだったのだ。わからなくなった」

「だからやけっぱちになって死のうとしたのか」

九郎の声には温度が無い。怒りは無く、宥めるでも、冷たくもなく、かといって同情もしていない、まるで風のような声だ。
だからこそ、九郎の顔を見ることができない。
惨めさと恐怖と怒りが胸の中を重く黒く埋めていく。

「……そう、かもしれん。……どちらにせよ、俺は領地に帰ったら恐らく家を出るだろう。こんな考えのままこれ以上、家のために働くことはできない」

吐きそうな声で呟いて、小鷹は口を閉ざした。
風が遠くで木々が葉を鳴らすのが聞こえる。
ややあって、九郎がぽつりと言った。

「……お前と一揆の人たちは違う。それだけは言えるぜ」

小鷹の肩が揺れた。

「あのなあ。人の行動の正しさなんざ誰が決めんだ? あの子やその一揆の爺さんにとっちゃ、それが正しいことだったんだろ。それが例え坊さんの言いなりだったとしてもな。言いなりになるって決めたのは本人たちだったんだから、文句なんて言えねえよな」

「……」

「だって、そうだろ。そいつらは己の意思の元に行動して、結局お前に殺されるって形で責任をとったんだ。それを正しい間違っているってお前が判断するなんて、それこそ間違った話だろ」

軽く息を吸って話を続ける。

「一揆の奴らは強い。お前も良く知ってるはずだ。かの高名な織田信長が一人残らず皆殺しにしようとするくらいだ。それは彼らが最後まで自分の意思で戦ってたからだ」

「む、う……!」

「お前だけなんだぜ? 持ってないの。お前はただそんな自分や、子供を斬った罪悪感から逃れたいからぐだぐだ他のこと考えてるだけだ」

小鷹が顔を上げた。
横っ面をはたかれた気分だった。

「おれはそんなつもりでは」

「無いって言いきれるのか?」

男は試すように、薄く笑みすら浮かべながら目を眇めた。
小鷹の頭に血が上る。きつい目つきをさらに鋭くして目の前の男を睨みつけた。

「……わかったような口を聞くな、よ。俺がどんな思いで戦っているのか、わかりはしないくせに」

「わかってたまるもんかよ。簡単に死に急ぐ奴の気持ちなんざ」

その視線を九郎は真っ向から受け止める。

「良いか、よく聞けよ。お前が意思を持ってないと思うのなら持てばいい。その上でなら家を出たっていいさ。武士として目的をみつけたいってんならそれでも良い。ようするにだな」

びっと、九郎が小鷹を指さした。

「逃げたって良いんだ。だけど、考えろ。死んで許されようなんて、誰かのために戦って死ねば許される、なんて楽すんなよ」

怒りと、哀しみと、呆れの混ざったような声だ。

「生きてりゃ、何かできることがあんだからさ」

それはまるで懇願しているように聞こえた。
小鷹はふっと詰めていた息を吐いた。
その目が僅かに緩む。

「……お前は強い奴だな」

「余計なこと考える暇がないだけさ」

九郎は笑った。

次の日。
良く晴れた空の下、小鷹と九郎は大月に向かって歩いていた。

「明日には本陣につくが、本当に良いのか?」

「良いのかって?」

「俺が父上に話せば褒びを取らせてもらえるだろう。路銀がいるなら遠慮する必要はない」

「まーだ言ってやがんのか。もう十分すぎるほど貰ってるんだって」

呆れたように九郎が言う。もうこの会話も昨夜から何度しただろうか。
その度に小鷹は不本意そうに黙るものの、少し間を置けばすぐに聞いてくる。
だんだんと面倒くさくなってきた九郎はとうとう小鷹に言った。

「そんなに言うなら、軽く手合わせでもしてくれよ」

「そんなことで良いのか」

「それが良いんだよ。じゃ、始めようか」

九郎は辺りを見回して人がいないことを確認すると、ぽんと地を蹴って間合いを取った。

「お前も好き者だな……まあ構わんが」

面食らいながらも、その手は既に刀の柄に掛かっている。
お前もだろうと言いかけたのを飲み込んで九郎は言った。

「いくぞ」

九郎が地を蹴った数瞬後、甲高い金属音がなった。

「痛えよー。ちったあ手加減ってものを知らねえのかお前は」

半刻後。
あちこち土だらけになった九郎が地面と接吻している。

「残念だったな」

傍の倒木に腰かけた小鷹が涼しい顔で見下ろしていた。
昨日より踏み込みを強く意識して斬りこんだ九郎だったが、その剣先は悉くいなされた。
いなされれば当然前につんのめり、そこをぽんと小鷹に押されれば転ぶのは必定だ。
そうやって転がされ続けて、あちこち擦りむいた結果が今の状態だ。

「まだ次の動きを意識しているから斬撃が浅い。一撃だ。一撃で決める気概で行け」

「わ、かった」

倒れ伏したまま九郎が言う。

「少し休んでから、大月へ行くぞ」

呆れたように笑いながらも、すぐに何かを考えこむように黙った小鷹を九郎は黙って見上げていた。

日が暮れれば昨日のように道端で焚火をする。
お互い適当に夕飯を済ませて、九郎が稽古をつけてもらおうと立ち上がった時だった。
絹を裂くような悲鳴が上がった。

「なんだ!」

「後ろだ!」

振り向けば影が二つ、転がるように走っているのが月明かりに写し出されている。
それを追っているのは五つの黒い影だ。

「いくぞ!」

九郎が叫べば、既に小鷹は走りだしていた。

「あっ置いてくな、薄情者!」

九郎も慌てて後を追った。

追われているのは女と少年だった。
男たちは声も使わず、微かな顎や手の動きで連携を取り、確実に二人を追い詰めていく。
やがて二人は木の前に追い詰められた。

木立を背にして、泥だらけの女が子供を後ろに庇う。
その白い手には一振りの刀が握られていた。
二人を囲んだ男たちの姿は異様だ。皆柿色の装束を身に着け、覆面をしている。
武士や野盗ではありえない格好だった。

「……息子は渡さない」

女が刀を引き抜きながら言った。
その必死の形相はたとえ薄暗くても分かるほど整っている。
その顔とそっくりな少年は怯えた顔で、女の着物の袖を握りしめている。
女の正面に男たちのうちの一人が歩み出た。

「無駄なことをするな。大人しく子供とその刀を渡せ。そうすれば殺しはしない。愛する男と添い遂げる機会を無にするのか」

女は申し出を鼻で笑い飛ばした。

「もう私にはどこにも居場所は無いの。この子の傍以外には。元からかもしれないけれど」

「ならば仕方あるまい」

男が刀を振り上げた。
瞬間。

「させるか!」

木立の向こう側から走り出た九郎が男に飛び蹴りを放った。

「おごっ」

振り上げたわき腹に膝が直撃し、男が吹き飛ぶ。

「何者!?」

周りの男たちが突然の闖入者に刃を向ける。
慌てた様子もなく、円陣を崩さない所を見るに、男たちは相当の訓練を積んだ手練れのようだ。

「ただの」

九郎がにやっと笑う。

「通りすがりだ」

呟きながら小鷹が現れた。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

「俺の台詞を取るなよ。しかも置いていきやがって」

「ちっ。まさかあんなに足が速いとは思わなかった」

「舌打ちすんなよ武士だろが」

「あ、あの。あなた方は」

言い合う二人に女が困惑した声をかけたが、二人が口を開く前に蹴られた男が、よろめきながら立ち上がり叫んだ。

「かかれ。全員皆殺しだ!」

覆面たちが刀を抜いて向かってくる。

「話は後後。こいつら全員ぶっ飛ばしてからな!」

「その通りだ」

二人は顔を見合わせて笑うと、刀を抜いた

*この小説はフィクションです。実在する地域の地名や伝承を使用していますが、登場する人物・団体・出来事などは架空の物であり、実在するものとは関係ありません。

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筆者:藤田侑希
イメージ写真:井口春海、矢野加奈子

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スタッフ

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