ゆめゆめ忘れる事勿れ 第11話

どうしても小鷹を救えないと悟った九郎は、もう一度過去に戻ることを決意しさざきに乞う。
強い決意とともに、さらに過去に遡り己を鍛錬するために。その決意の火はやがて大きな炎となろうとしていた。
ついに物語の核心に迫る第四章がスタート。

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第四章 忘れるものか

足元はどろどろと赤黒いのに、頭上にはどこまでも澄み渡った青い空が広がっている。
眩しい。眩暈がしそうだ。
刃こぼれした刀を振るって血を落としながら、どこか場違いな思考で小鷹は思った。
今日は戦だ。
勝ち戦だったが、撤退するときに奇襲された。

殿を務めていた小鷹はいつのまにか味方ともはぐれ、今はただ一人、相手方の雑兵たちに取り囲まれていた。
向けられた槍の穂先のように男たちの目は光っている。
今はまだ返り討ちにできる体力があるが、いずれ力尽きて首を取られるだろう。
だがそれで構わなかった。

前回の戦。
一揆門徒たちの殺害。
あの子供が忘れられない。
斬られたのに笑う子供。
長い兵糧攻めで、餓鬼のように飢えて痩せこけた体。
そして、なによりもあの白く濁った瞳!

なぜだ? いや、分かっている。

腸のはみ出た老人が安堵を滲ませながら言った。

「これで極楽へ行ける」

『死ねば極楽、退けば地獄』坊主どもの甘言に乗せられて彼らは死んだのだ。

「間違っている。だろう。他人の言いなりになって死ぬのは」

己の意思を持たぬなど。
最初から死んでいるのと変わらないではないか。
だが己も父に、上の者に言われるがまま戦い、あの子を殺した。

「俺も、同じだ……」

突きかかる槍を払いのけ、腹を貫く。しかしまだ敵は十以上はいるであろう。
いくら倒しても減っているようには見えなかった。
既に体中はじんじんとした痛みに覆われている。
深くはないがあちこちについた切り傷から血が流れるたびに、視界が霞んでいくようだ。
また一人、今度は刀を持った男が斬りかかってくる。
父上たちは無事に帰陣できただろうか。
目前に迫る刃を前に、小鷹が目を閉じた。

「しっかり、しろ!」

怒鳴り声。続いてあがる断末魔の絶叫。
目を開けると誰かの背中が見える。
目前まで迫っていた刀が折れて飛んでいくのが視界の端に映った。
雑兵の刀をへし折った男は、握った刀を相手の腹に押し込むと、地面すれすれまでかがみこんで槍を避けた。
そして前へと跳び、槍持つ相手の顔に膝蹴りを叩き込む。
着地するときには、その勢いを利用して後方の一人を袈裟切りに切り伏せていた。
男の動きは無駄がなく、そして速い。
ひょろりとしているようにも見えるが、相当鍛えこんでいるのだろう。

「諦めてんじゃねえ!」

男が叫ぶ。

その声に押されるように振り向くと、背後から槍が伸びてきていた。
すんでのところで躱すと、刀を捨てその槍を雑兵の手から引きぬく。
槍の石突でその腹を思いきりついてから、右にいた雑兵の頭を殴りぬいた。
昏倒する雑兵を無視して、別の雑兵の刀を槍の柄で叩き落とし、相手を刺し貫きながら謎の男を見やる。
己の家中の者ではない。
見覚えのない男は右の男を逆袈裟に切り上げると、半回転しながら後ろから来る男を切り伏せた。
あっというまに八人を失った男たちが後ずさった。

「何者だ!」

口々に取り囲む者たちが叫ぶ。
謎の男がにやっと口角を上げた。

「ただの通りすがり。かかって来いよ」

通りすがり? 怪しすぎる。
そう思いながらも、気が付けば小鷹の足が動き謎の男と背中が合わせる。
先ほどまで死んでもいいかと思っていたくせに、小鷹の体はまだまだ生きたがっているようだった。

「死なせねえ」

謎の男がぽつりとつぶやいた。

十人ほどの男たちが円陣を作りながら、こちらの隙を伺うようにこちらを見ている。
だがすでにその目には先ほどのぎらつきは無い。
ごくりと一番手前の雑兵の喉が生唾を飲み込むのが分かった。
乾いた陽光を白刃にきらめかせて、二人の男は雑兵たちに襲いかかった。

「ぎゃっ!」

脳天を唐竹割りにされた男が血をまきながら崩れ落ちる。
今ので最後の雑兵だった。今、立っているのは小鷹と謎の男だけだ。
素性を聞かねばなるまい。
小鷹は刀の脇で挟んで強引に血を拭い取っている男に歩み寄った。

「おっ、やっぱり無事だったか」

男が小鷹を見てへらりと笑った。
そのどことなく気の抜けたような面は、たった今剣の冴えを見せた男には見えない。
よく見れば自分よりも同じか、少し年かさくらいか。あまりに擦り切れた旅装束は浪人だろうか。
何はともあれ小鷹は礼を言った。

「俺は川上源次郎小鷹という。武士だ。助太刀感謝する」

「九郎だ」

「ただの九郎か」

「小菅村の九郎。今は浪人だけどな」

うそぶく男の顔が一瞬だけ歪んだ気がする。すぐに飄々とした表情に吸い込まれてしまったが。

「なぜ俺を助けた?」

「あー……なんとなく。強いて言うなら大勢で一人をやるってのが嫌いだから、かね」

「それだけで、戦場の渦中に斬りこんできたのか?」

こともなげに言う九郎に開いた口が塞がらない。

「昔、あんたと同じ様な目に会ったとき、そんな阿呆に助けられたんだよ。そっからだ俺がこんなんになっちまったの。おい、そんな信じられんもん見た顔すんなって」

苦笑いする九郎に小鷹は慌てて口を引き締めた。

「す、すまん。そうだ。改めて礼をせねばならんな。お前はこれからどこかに仕える気か?」

「いや。今は武者修行の旅って奴をしてるからそんな気はないな。もう六年になる」

九郎は顔についた血を手でこすり取った。
その腕にはしっかりと筋肉がついている。
小鷹よりも小柄だが、鍛えているだろうことが分かる腕だ。

「剣術家だったのか」

「ま、訳ありでね」

九郎は肩をすくめた。

「ところであんたに頼みたい事があんだ。それがお礼で良いよ」

「何でも言ってくれ。尽力しよう」

「できるできる。あんたに稽古つけてほしいんだ」

「俺にか? お前に必要あるのか」

「ああ、強くなりたいんだ。もっと」

九郎は強く言った。じっと見定めるように小鷹を見る。
居心地が悪くなるほどその瞳にこもる熱量は熱い。

「べ、別に構わないが、俺は帰陣せねばならん。お前も一緒に来てもらうことになるがよいか」

「本陣ってどこだ?」

「大月だ」

「ああ、そんなら今から歩きゃ明後日にゃ着くな。じゃあ、本陣にあんたが帰るまでついてく。それまででいい」

橙色に染まり始めた空を見て九郎は言った。
いつのまにか風が出てきたらしい。
血のむうっとした臭いが、ささやかに吹く風に細々と流されていく。
少しずつ呼吸ができるようになっていく気がした。

「いや、だが、きちんとした礼を。父上にも紹介しなければな」

「ああよせよせ、よしてくれ、そんな大仰にすんなって。俺ぁそんな大した奴じゃないんだ。ちょっと見てもらえりゃそれでいい」

「そんなに適当でいいのか?」

「適当なんかじゃないぜ。お前、何でも言ってくれって言ったろ、忘れたのか」

「い、や、こんなすぐに忘れるわけなかろう」

小鷹は言葉に詰まった。
どうにもこの男はやりづらい。
その言葉を聞いた途端、男は悪戯が成功したように笑った。

「じゃ、決まりな。今日野営するときにでも見てくれ」

到底、小鷹より年上には見えなかった。

*この小説はフィクションです。実在する地域の地名や伝承を使用していますが、登場する人物・団体・出来事などは架空の物であり、実在するものとは関係ありません。

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筆者:藤田侑希
イメージ写真:井口春海、矢野加奈子

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