ゆめゆめ忘れること勿れ 第10話

何度も、何度も、何度も戦い、そして散っていった、九郎と小鷹。苦労は運命を変えようと一人戦場に向かうが、そこには九郎を助けるために現れた小鷹の姿が。「絶対に助けたい」九郎の思いは叶うのか。いよいよ第三章も大詰めを迎える第10話

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第三章 おぼえておけ

小鷹が斬る。
九郎が爆破する。
二人は滑らかに敵を倒していった。
まるで、何度も共に戦ったかのように。

最後の一人を小鷹が逆袈裟に切り上げる。
血風を捲いて男は倒れた。

九郎が小鷹のもとへ駆け寄る。

「無事か? って頭! 血!」

小鷹は額から流れる血を面倒くさそうに乱暴に拭った。

「ああ。焙烙の破片で切った。だが問題はない。こんなものでやられるほど俺は柔くはない。それに慣れている」

「お前が強かろうと慣れていようと痛いもんは痛いんだろ! これで抑えとけ!」

九郎は懐から手ぬぐいを取り出し投げつけた。
小鷹が目を見開いた。

「……どうして、またお前は……」

なんでお前がびっくりしてるんだ、前に自分で言っただろうに。
九郎は大人しく傷を抑えている小鷹を藪の中へと引っ張っていった。

「もう大丈夫だから。お前は帰れ」

「何が大丈夫なんだ、まだ敵は残っているだろう」

残るは烏丸一人。
既に階段の上には誰もいない。恐らくこの二人の居る高台の方へ向かってきているのだろう。
九郎は今のうちに小鷹を離脱させたかった。

「ここまで来たら俺一人でも大丈夫だって言ったんだ」

「確かに焙烙玉の扱いは慣れているようだが。それだけで戦う気か?」

「ああ、そうだ。なあ、頼むよ、帰ってくれよ……。頼むから!」

最後のほうはほとんど懇願だ。
九郎は一つ溜息をつくと、なだめるように言った。

「そう心配するな。俺は俺の意思でここにいる。どうなったってそれは因果応報だ」

「なんで、そう強情なんだよ……」

「やりたいことをやっているからだ」

頭を掻きむしる九郎に小鷹は得意げに言った。

「ああ、そうだ。お前に剣を教えてやりたいな。戦う度胸はあるんだ、鍛えればお前は俺よりも強くなる。そして、きっと俺にはでき
なかったことを成せるだろう」

小鷹が自信を込めて頷いた。
なぜ小鷹がこんなに認めてくれるのか九郎には分からなかった。
分からないのが悔しい。九郎は俯いて言った。

「俺はそんなに凄い人間じゃない」

「お前は単身野盗に挑むような馬鹿だが、凄いやつだ。不思議だな。会ったばかりで名も知らぬのに、そんな気がするのだ」

「そんなに褒めても何もできないぞ」

「構わんさ。そうだ、これが終わったら俺と旅をしないか? 剣の修行をつけてやろう。そうしたら証明できる」

楽しそうな表情とは裏腹に言葉尻は本気だった。
修行して強くなった自分。九郎には想像がまるでつかなかったが、旅は楽しそうだった。

「……それはいいな」

久しぶりに九郎は微笑んだ。

「だろう」

得意げに小鷹も笑った。
しかしすぐにその笑みは消え、小鷹は言った。

「だが、まずは今日を切り抜けないとな。……出てこい」

「あれえ? なんで、ば、れたの」

ふらりと、白い男が現れる。
ちり、んと綺麗な音が微かになった。

「来る気がしていた」

「そおかあ。オレ、も、なんとなく、きて、みたよ」

小鷹が一歩前に出て、刀を構える。
赤い唇を舐めた烏丸も刀を振り上げた。
ぴりぴりと肌を削るような緊張が静寂の中に満ちる。
以前の九郎ならば、緊張感に指一つ動かせなかっただろう。
しかし、九郎は動いた。

有無を言わさず焙烙玉を投げる。
ちょうど小鷹と烏丸の間を落ちるように。
上がる黒煙。
その煙の中を突っ切った九郎は烏丸に突進した。
片手には火のついた焙烙玉を握りしめている。
烏丸諸共爆死する気だった。

しかし、烏丸が仰け反って九郎を避け、前蹴りを放つ。
九郎が吹き飛び木に激突する。
吹き飛んだ瞬間、その手から離れる焙烙玉。
その焙烙玉を掴み小鷹が走る。
小鷹は体当たりをするように、焙烙玉を握った手で烏丸の顔を殴った。

轟音が響いた。

全身が痛かった。特に腹に響く激痛。胃が裏返ってしまいそうだ。
なんども嘔吐しそうになりながら身を起こす。
小鷹はどうなった? 烏丸は?
煙に沁みる目を擦って見回すと、男が二人倒れていた。
一人は血だまりの中に倒れた白い男。
男の頬と首は大きく抉れ、美しかった顔が残酷に彩られている。。
まるで赤い花と柘榴をまとめて握りつぶしたようだ。
小鷹も血だまりの中に倒れていた。
右腕がなくなっていた。

「小鷹!」

全身に走る痛みも忘れて九郎は駆け寄った。

「無事か?」

薄く目を開いた小鷹が、吐息のような声で言った。

「なんで、お前、なんで、俺を助けて」

九郎は小鷹を抱き起こした。
ずたずたになった肩から、血が泉のように湧き出ている。

「……初めて、だったのだ」

小鷹が、掠れた切れ切れの声で言った。
九郎は知っている。もう何度も聞いてきた。
この声は死ぬ人間の声だ。
耳を塞ぎたくて仕方ない。
優しい眼をした小鷹の顔の上に、雫がいくつも落ちていく。
心がちぎれてなくなってしまいそうだ。

「俺は、強い。子、供の時分、から……心配されたことが、ない。お前が初めて、だ。こんな、俺に……」

小鷹が笑った。

「嬉しかった、なあ」

堪らなく嬉しいと、心からの笑顔で。

「俺も、お前みたいに誰かを、案ずる人間……誰かの、ため、戦う人間で、ありたかった」

やめてくれ、たかが心配しただけで、そんなことを言わないでくれ。
まるで、死んじまうみたいじゃないか。
九郎は血の味のする喉で叫びだしたかった。
小鷹は一つ、深い息をついた。

「九郎、俺と共に来い。きっと、強くなれ、る」

「ああ。行きたい。行きたいよ。楽しいだろうな。俺を連れて行ってくれ」

九郎は口角を上げた。本当に行きたかった。

「ああ。もちろ、んだ。だが、俺は厳しい」

「いい、厳しくても、稽古つけてくれ、頼む」

「なら、明日、日の出前から、素振りだ。覚え、ておけ」

「わかった……」

「ふふ、明日の、あさがたのしみ、だ……」

小鷹は楽しそうに微笑んだまま、永遠に明けない夜の中へと旅立っていった。

烏丸は死んだ。
小鷹も死んだ。

九郎は小鷹の亡骸をそっと横たえると、最後の焙烙玉に火をつけた。
そしてまた、九郎は死んだ。

「まだ続けんの」

さざきが、戻ってきてから身動き一つしない九郎に声をかけた。

「もうそろそろ、あの人助けるの諦めたら?」

初めて聞く様な優しい声だった。
九郎はのろのろと疲れた顔でさざきを見た。
相変わらず九郎の方を見てはいないが、顔付きは心なしか穏やかだ。

なんども庇われた。
なんども野盗たちを殺した。烏丸も倒すことができた。
しかし、なんども小鷹は死んだ。
巻き込まないようにしたのに、それでもあの大馬鹿野郎は死んだ。
ようやくわかった。

無理なのだ。

九郎の胸の内に穏やかな絶望が広がった。

「そう、だな」

ぽつりと掠れた声で九郎は言った。

「無理なことは無理なんだ。あたしにもようやくわかった」

「……さざきの言う通りだ」

「誰もあんたを責めないよ……残念だけど」

そう。
さざきの言う通り、小鷹を助けるなんて無理だ。
俺には到底できない。
不可能だ。

今は。

九郎はさざきの肩を掴むと、顔を覗き込むようにしていった。

「さざき。もう一度戻してくれ」

「え」

さざきが初めて自分から九郎を見た。
湖面のように静かだった顔に微かに驚きが浮かんでいる。

「この繰り返しを諦める、ってことだ」

九郎は噛み締めるように言った。

「どういう意味?」

「もっと前に戻してくれ。十年程前に。俺は強くならなければいけない。小鷹を必要としないほどに」

疲れた顔をしていたが、なんども死んだその男の瞳にはあの日と変わらない火が灯っていた。

そして、なんども死んだ男は思う。
そして、なんども生きた男は誓う。

その火を炎にしてみせよう、と。
そしていつか、その炎で烏丸を焼き尽くそう。

九郎は獰猛な決意を込めて呟いた。
「覚えておけ」

*この小説はフィクションです。実在する地域の地名や伝承を使用していますが、登場する人物・団体・出来事などは架空の物であり、実在するものとは関係ありません。
*この小説は木曜日に更新されます。

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筆者:藤田侑希
イメージ写真:井口春海、矢野加奈子

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