ゆめゆめ忘れる事勿れ 第4話

子どもを助ける事に成功した九郎だったが、助太刀してくれた男を犠牲にする事になってしまった。再び青の世界に戻ってきた九郎は、再びあの少女に出会う。九郎は「助ける」ことが出来るのか。
大きく物語が転換する第2章に突入。

第1話はこちら→http://genryudaigaku.com/archives/6199
第3話はこちら→http://genryudaigaku.com/archives/6300

第二章 忘れることはできない

目を開けると、再び真っ青な世界に立っていた。
何が起きたのかわからなかった。

気がつけば男に助けられていて、気がつけば男は殺されていた。
倒れていく大きな男と、その体から噴き出す血しぶきの向こうで笑う烏丸。

思い出せば口の中に唾がこみ上げ、その度九郎は思い切り胃の中の物をぶちまけた。
怖くて情けなくて、体が小刻みに震えだす。

涙も出てきた。吐いたばかりにもかかわらず吐き気がする。

「ふ、おえっ、うぐ、うええ、ひぐ」

九郎はしばらく泣きながら吐いていた。

九郎が泣き疲れて呆けていると、少女が2間ほど先に立っているのに気づいた。

「い、いたのか」

声を上げても、少女は微動だにせず自分の親指をじっと見ている。
九郎は拳で顔を雑に拭うと、恐る恐る声をかけた。

「……ちびは助けた。でも、誰か分からないけど、人が死んだ……俺らを助けてくれたのに」

「ふうん」

どうでもよさげに返事する少女は親指の爪のささくれをむいている。
華奢な指から血が滲んでいく様は痛々しい。

「あの、ささくれ、いじらない方がいいと思う」

恐る恐る九郎が少女に言うも全くやめようとしない。

「血、出てる」

九郎は溜息を一つつくと、懐から手ぬぐいを取り出した。

「ちょっと触ってもいいか」

少女はやはり何も言わない。

「ごめん。触る」

沈黙を良いことに九郎はそっと荒れた小さな手を取って手ぬぐいで傷を抑えた。
手が触れた瞬間少女の肩が少し揺れたが、後はされるがままだ。

「一応これ、使ってないから、汚くないから。我慢してくれ」

「……こんなことに使うより顔、拭いたら?」

白い布に小さく赤い点が滲むさまを、ぼんやりと見ていた少女が言った。

「いいんだ。女の子は大事にしないと、嫁さん来てくれないって爺ちゃん言ってた」

九郎は今度は袖で顔を拭った。

「あ、そ」

「なあ、ええと、その、名前、なんていうの」

半分答えは諦めながらも、九郎は少女の顔を覗き込みながら聞いた。
よく見ると少女の瞳は濃い灰色のような、少し変わった色をしている。

「おれは、九郎っていうんだ」

「……さざき」

視線を九郎からふいとそらすと、小さな、本当に小さな声で少女が言った。

「さざき、かあ。ちょっと変わってるけど綺麗な名前だな」

九郎はほんの少し笑った。
混乱し、荒れていた心が少しだけ和らいだ気がした。

「なあ、さざき、もう一度、戻してもらえないかな。ず、図々しいかもしれないけど」

九郎は手ぬぐいをさざきに渡すと、またしてもおずおずと聞いてみた。
有無を言わせぬ静かな少女のたたずまいが、なんとなく九郎を慎重にさせる。

「なんで。子供は助けたんでしょ」

「そりゃあそうなんだ、けど。知らない奴がそのせいで死んだから」

「そいつに助けてって言われたの」

「いや違う。こっちが助けてくれって状態だった」

「じゃあなんで」

「え、だって、このままじゃ、そいつ死んだまんまだ」

「怖い思い、またするのに」

「う」

血を撒いて倒れていく男の姿と甲高い烏丸の耳障りな声が浮かぶ。

「で、も」

九郎の唇が意思とは関係なく震え始めた。
確かに男の名前はもちろん、顔すらわからない。
だが自分の前にあったまっすぐに伸びた大きな背中。
あれは、忘れられないほど美しかった。

それに、助けてくれた者を見捨てたら、爺様に申し訳が立たない。
九郎は自分の頬を思い切りはたくと勢いよく頭を下げた。

「お願いだ、戻してくれ。そいつはおれを助けてくれたんだ。初めて会ったのに。だから、どうにかしてやりたい」

さざきは目を眇めると、微かに口角を上げた。

「今の言葉も、ゆめゆめ忘れる事なかれ」

そのとたん周囲の重い青が水のように震えだし、どぷりと九郎を飲み込んだ。
もはや見慣れた、杉とひのきだらけの森の中。

九郎はまた同じ場所に立っていた。

戻ってきた。

森の匂いに微かに混じる煙の臭いが胸を刺したが、脳裏に村を浮かべる前に首を振って打ち払った。
最初と違って少しだが、自分が落ち着いているのがわかる。

九郎は頭の中で大体の作戦を決めた。
子供を拾い、あの男に出てこぬように告げ、さらに小河内村の方へ逃げる。
申し訳ないが、あの男に子供を匿ってもらってもいい。

一人でなら逃げきれる可能性が高い。

烏丸と違って、何十年も小菅村で生きているのだ。この辺の山は知り尽くしている。
獣道、抜け道、何でも使って小河内村の方まで逃げてしまえば、いくら何でも烏丸一人では追ってこないだろう、と思う。

九郎は一人気合を入れると、落ち葉に覆われた地を蹴った

つづく 

*この小説はフィクションです。実在する地域の地名や伝承を使用していますが、登場する人物・団体・出来事などは架空の物であり、実在するものとは関係ありません。
*この小説は隔週木曜日に更新されます。

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筆者:藤田侑希
イメージ写真:井口春海、矢野加奈子

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